2007年10月16日アーカイブ

rotegn.jpg

マツダと言えばロータリーエンジン。ロータリーエンジンと言えばマツダ。これに異存のある人はいないと思う。

そもそもロータリーエンジンは、ドイツで生まれたエンジンなのだが、それまであったレシプロエンジンとの一番わかりやすい違いは、

レシプロ
「ピストンの往復によって動力を発生」
ロータリー
「ローターの回転によって動力を発生」

なわけだが、それによって「理論上は」軽量でコンパクトでハイパワーなエンジンになるということで、1960年にマツダは「未来のエンジン」として、全社をあげてロータリーエンジンの開発にとりかかる。

1967年にコスモスポーツの発表にこぎつけたが、ロータリーエンジンの致命的欠陥である給排気効率と熱効率はいまだ解決に至らず、しかもこの車には電気系統にも欠陥を抱えていた。

しかし、マツダはそれでもロータリーのパイオニアになることを諦めることなく、開発を続けて1970年の東京モーターショーにプロトタイプとして出品したのが、このマツダRX-500である。
マツダRX-500

 マツダRX-500.jpg

 カペラのエンジンをミッドシップに搭載して、車両重量850kg。自社製4速トランスミッションで最高速度250km/h。4速ミッションで250kmってのはどうなんだろうなあって思うが、でもこの時代の車としては極限のものを作るつもりだったのはよくわかる。

 

 

ガルウィングドアにリトラクタブルライトなど、今なら充分にイケそうなデザインなのだが、やっぱり当時は奇抜すぎたのだろうか。結果的にこの後に登場するサバンナRX-3は、そのメカニズムからのフィードバックを内包しつつも、より乗用車向けとなった。

日本に入ってきて18年。RX-7の登場でロータリーエンジンはスポーツカーエンジンとしての完成を見る。しかし2002年、すでにフォード傘下に入っていたマツダは排ガス規制不適合を理由にRX-7の生産を中止し、事実上(厳密には違うが)ロータリーエンジンはその進化を終えることになる。

しかしそれまでの歴史の中で、マツダが取得した特許の数は実に1300以上。マツダが信じたロータリーの未来は、結果的に乗用車のエンジンとしては尻すぼみにはなったが、そのノウハウは京都議定書の発効にともない、電機メーカーやガス会社が発電システムに導入を検討したり、多岐にわたり生かされている。

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