2007年10月20日アーカイブ

ランボルギーニ・ミウラ

イタリア人という人種は、車を作るとき「ボディは美しければよし、エンジンはハイパワーであればよし」という考えなので、そこには「燃費」「剛性」「居住性」「耐久性」とかいう概念は存在せず、そんなものにエネルギーを注ぐヒマがあったらその分デザインの美しさを練りに練る。だからこそイタリア製の車は世界一壊れやすく、世界一美しいのだ。

ランボルギーニはアウディ傘下になってから、ガヤルドというアウディ色の濃い車と、ムルシエラゴという昔のままの凶悪な12気筒モンスターの二つの路線を取っている。 

 

 スイス→国営→フランス→インドネシア→ドイツと会社が売っ払われてきたランボルギーニとしては、ガヤルドは何人目かのお父さんの子で、ムルシエラゴは本当のお父さんの子ってとこか。

さて実はランボルギーニには、ミウラというお兄さんがいた。
この車の最大の特徴は、世界で始めて12気筒エンジンをミッドシップで横置きに搭載したということだ。

1966年から73年までにわずか750台が生産され、のちにカウンタックを世に送り出すマルチェロ・ガンディーニのデザインによるこの流れるようなボディラインは、明らかにフェラーリを意識しつつもピニンファリーナとは別路線を模索したものだった。ただし、時代が流線型からウェッジシェイプに移る過渡期であったこともあり、この車のデザイナーはガンディーニかジウジアーロかには議論が分かれている。

ミウラは66年のデビューからP400、S、SVと、大きく分けて三つのマイナーチェンジを繰り返し、完成度を上げてゆき、安定した人気を誇っていたのだが、1973年に生産を中止することになったのは、カウンタックの製造が始まるためにラインを明け渡さなくてはいけなかったからだった。弟が産まれるのでお兄さんは部屋を追い出されてしまったわけですな。
 
そのカウンタックが去り、直系のディアブロが去り、ムルシエラゴの時代となった現代にミウラが帰ってきた。2006年のデトロイトショーで、コンセプトカーとして復活したのがこの2006ミウラコンセプトである。 
 
ランボルギーニ・ミウラ2006コンセプト
 注目すべきなのは、デザイナーがガンディーニではなくアウディのウォルター・デ・シルバであることで、シルバはオリジナルのミウラのデザインを大幅に変更することなく、細かい部分を今風にしただけで、本当の意味での「焼き直し」を作ったのだ。オリジナルのデザインの秀逸さを下手にいじくるのではなく、「オリジナルに沿ったものを今風に」という選択をしたシルバはやっぱり頭のいいデザイナーだと思う。
 

ランボルギーニ・ミウラ2006コンセプト

 
これが実に素晴らしく、ミウラが持っていた印象的なシェイプをそのまま生かして、さらに強調する形でよみがえらせたのだが。
あくまで今風で、それでいて「まさにミウラ」という車になっている。

フロントのカナードなんかいかにもって感じだが、テールライトとホイールの形状までもオリジナルの流れをきちんと汲んでいて嬉しくなってしまう。


   

ランボルギーニ・ミウラ2006コンセプト

リバイバルっていうのはこういうのがいいんだよなあ。ちなみにこの2006ミウラコンセプトは今のところ市販化する予定はないらしいのだが、ディノが復活するならぜひこっちも復活させて欲しいと思う。

買うならこっちだろうなあ。Loto6が当たったら。

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