2009年7月アーカイブ

フェラーリF430
フェラーリと言えば「赤!」というのが、どの車にもイメージ的に真っ先に来るのは、やっぱりF1がそうだからっていうのもあるだろうけど、テーマカラーとしてフェラーリの赤というのは絶対なのである。昔からフェラーリと言えば赤だったのだ。吉野家のオレンジと同じくらいに。

ところが近年、特にこのF430の赤があまり売れず、売れるのはいつも白とか黄色なのだそうだ。


フェラーリF430この傾向は実は360モデナののころからボチボチ出始めていた。僕がかつてとある会社にいた時代、工場に入庫してくるモデナと言えば、「フェラーリってこんな色出してたのか」と思うくらいに変わった色が多く、純正色でメタリック水色とかあったから。

このメタリック水色っていうのはイメージで捉えて欲しい。たぶん正式な呼び名があるはずだから。よくいるよね、「白じゃない!ビアンコと言え」とか言う人たち。まあ言わせてもらえば「ラルクアンシェル」と「ラルクアンシエル」の違いに逆上するようなもんなんだが。


フェラーリF430フェラーリはテスタロッサ以降の車はどんどん扱いやすくなり、モデナの扱いやすさは、512BBのそれと比べたらレーシングカーと乗用車くらいの違いがある。しかもモデナ以降は、フェラーリには日本法人ができたから、特にF430は部品のデリバリーが非常に早く、故障しても大抵の部品が在庫にあるか、取り寄せでも1~2ヶ月で届くのだ。

※国産車と比較してはいけません。

フェラーリF430だからオルタネータが黒焦げになろうが、あのネギを突き刺したようなカッコ悪いテールライトがエンジンの熱に耐えかねて溶けようが、大抵のトラブルは最悪でも数ヶ月も待てば解決できるようになったのだ。これはフェラーリという会社の車としては20年前とはまるで別次元のサービスの向上である。

※国産車と比較してはいけません。


フェラーリF430フェラーリを買う人というのは本来、レーシングチームのパトロン的位置づけで、凄まじい能力を持っているが乗用車としては最低の車を大枚はたいて買って、故障するたびに「うんうん」とマゾヒスティックに修理に膨大な費用と時間をかけて維持する人が多く、その人たちが求めるフェラーリの「赤」とは絶対のアイデンティティだったはずなのだが、こうしてメーカーとして成熟したフェラーリを買い求める現在の人たちに、その「赤」は必ずしもアイデンティティではなく、「フェラーリといえば赤っていうのも安直だよな」などと考える人たちが大半を占めるからこそ、F430は「レーシングカー」ではなく、「セレブなスポーツカー」となり、好まれる色も白だったり黄色だったりするんだろうなあと勝手に思っている。


ただ、どんなに時代がフェラーリに求めるものが変わったとしても、フェラーリの赤はモータースポーツ界において燦然と輝く真紅の紋章であり、フェラーリのラインナップから赤が消えることは永久にないのだ。

だからねえ、今フェラーリ買おうとしてる人は、今なら逆に赤を買った方がすごいカッコイイと思うよ。
フェラーリF430

だいたい一日のアクセス数が100~150程度でのんびりやってるこのブログだが、昨日アクセス解析を見たら土日で2000を超えていて腰を抜かしてしまい、調べてみたらどうもこういうことらしい。

去年マツダRX500の記事をこのブログで書いたあと、広島市交通科学館で同車が展示され、それが好評で、展示車は自走ができない状態だったのを、今度は自走できるように整備して改めてイベントで走るというのがYahooのニュースで掲載され、関連リンクとしてこのくだらないブログが張られてたのだ。

すごいな広島。何考えてんだYahoo。

rx500.jpg

去年、そこの学芸員さんのブログが期間限定で公開されていて、マツダの倉庫からRX500を借り出したり、レストアする過程を紹介していて、とても熱意ある記事の数々だった。その企画展には他にも何台か名車を集めていて、とにかくその学芸員さんが頑張っているのが伝わってきていた。やれエンツォだマセラティだと言う人にはわからない「広島が誇るマツダの、幻の名車RX500」が目玉のこの企画展は、1ヶ月の開催期間中に8万6千人が訪れたという。


フェラーリ250TR


それはそうとYahooから来た皆さんこんにちは。
すみません、このブログはそんな参考リンクになるようなブログじゃないんです。よかったら先ごろロンドンで11億円で落札されたという、この1950年型フェラーリ250TRの写真でも見てなごんでください。




昔は軍用機、軍用車に施されていた、このつや消し塗装をマット塗装という。
最近は、高級車にもこの塗装をするのが流行り始めているんだけど、どうしても違和感がある。

なんだか碁石みたいだ。

ゲンバラ・ミラージュGT

 ランボルギーニがF/A22ラプター戦闘機をイメージしたマット塗装の、レベントンを出したあたりから、どうもこの手の塗装をする車が(それ以前からもあったんだけど)、やたら出てきてると思う。

ゲンバラ・ミラージュGT

マット塗装の利点って何だろうなあ、と色々考えてみた。
1:ステルス効果→レーダー反射断面積値は塗装だけで解決はできません
2:汚れが目立たない→そうでもないと思う
3:傷が目立たない→うーん…。

やっぱり、これを「カッコいい!」という価値観を提案するためなんだろうな。自動車というものを一個の嗜好品のジャンルと定義するなら、「カッコよさ」の価値観は多岐に渡るし、メーカーにしてはその選択肢が多ければ多いほど、販路は広がるわけだし。

でもこんなの乗りたがるのはバットマンくらいだと思うんだけど。

ゲンバラ

というわけで、最近アストンマーチンとかにもマット塗装も出てきて、このままピカピカ塗装の車が駆逐されて行ったらいやだなあと思いつつも、どんなに時代がセミオートマに向かって行こうが、VWを買収しようとしたら、お財布の中身が足りなくて逆に買収されてしまおうが、オートマはティプトロニック、あとは頑固に6速MTを、半クラなど許さないおっそろしく短いクラッチストロークでつなぐことをドライバーに強いるポルシェの偉大さをたたえつつ、本日のまとまりのないお話を終わりにします。

ゲンバラ・ミラージュ

ディノ246GTS愚民どもよ、元気かね?私はエンツォ・フェラーリである。今日は我が偉大なるフェラーリの歴史において、特異な生い立ちをもつこの246を紹介してやろうじゃないか。

この246は、私の愛してやまなかった息子の名前を冠して作られたというのは有名な話なのだが、実はこれにはちょっと誤解があってだな。夭逝した息子の名前はディノではなくアルフレッドと言って、ディノというのはニックネームだったのだよ。


つまり日本風に言えば「まさと」という名前を「まー君」と呼んでいたようなものだな。


dno_01.jpgディノは当時フェラーリにおいて小型のV6エンジンの開発を提唱していてだな、しばしば私と意見が対立したものだ。まあ、王の子として生まれたとは言え、若いころは親に逆らいたいものだがな。フェラーリと言えば12気筒。12気筒と言えばフェラーリという、私の哲学を否定したのだよ。

まあ私は懐の深い男であるから、ディノのお遊びを大目に見ていたのだが、ディノは突然重い病気を患って若くしてこの世を去ったのだ。これには偉大なる王である私も深い悲しみのどん底に落とされたものだ。

ディノ246GTS偉大なる王である私を父に持った、才気溢れる王子であるディノの墓標として私はあえて、フェラーリじゃなくディノブランドをつけてこの車を世に出したわけだ。まあ諸君ら愚民にもわかるように言えば、すかいらーくグループなんだけど店の名前はガストと名付けたようなものだ。

しかもこの車は、ディノの才気と予言を立証するかのようにアメリカで良く売れたのだ。最大のライバルはポルシェ911でな。この二台のセールス合戦を三つ巴にしたくて、ランボルギーニがウラッコだかシロッコだかという車を投入しようとして結局間に合わなかったらしいのだが、所詮は成り上がりの浅知恵というものだな。うむ。


ディノ246GTSちなみに話は少しそれるが、ランボルギーニがスポーツカーを作り始めた理由が「フェラーリにクレームを言ったら無視されたから」というのも少し誤解があってだな、あれは違うぞ?私は直接あのフルッツィオとか言う田舎者に謁見してやったんだぞ?しかも直々に
「トラクターでも作ってろこのボンクラが」
と言葉までかけてやったというのに、何だかそれが尾ひれがついてまるで私が傲慢な男のようなイメージができてしまったが、私は傲慢なのではなく偉大な王なだけだ。


実に4000台近く生産された246GTSは、やがてエンジンをランチアに供給して、そこからあのランチア・ストラトスも生まれることとなり、やがて偉大なる王である私も方向転換して、さすがにV6じゃアレだからV8にしてフェラーリ308GTBを世に出して、そこから派生して328も348も360も430も生まれて行くわけなのだが、すべてはここから始まっているのだよ。

この偉大なるディノ246GTを生み出した我が息子アルフレッド・フェラーリの命日は6月30日なので、諸君ら愚民どもも、ディノの功績を讃えその日は喪に服すがよいぞ。

ディノ246GTS

ランボルギーニ ムルシエラゴ

てえへんだてえへんだ!ルノーの旦那ぁ!
 
おう!どうしたいAMC!久しぶりじゃねえか
クライスラーさんとこはどえらい騒ぎらしいな
 
ランボルギーニの野郎がまたムルシエラゴの焼き直しを
限定発売と称してぼったくり始めましたんでさぁ



ランボルギーニ・ムルシエラゴそうかいそうかい、奴もアウディ組に草鞋を脱いでから急に商売上手になったとは思ってたが、かつてクライスラー組で奴と同じ釜の飯を食っていたおめえとしては面白くねえだろうなぁ

まったくでさぁ旦那!野郎、昔は怪獣みたいなバカ車作っては一部の好事家たちに熱狂的に愛されるだけで、車売れずに会社が売られるような奴だったのに

そういやフィアット組も奴の面倒を見ようとしたことはなかったなあ

ランボルギーニ・ムルシエラゴ
まあフィアット組の場合はフェラーリってぇとんでもねえチンピラ抱えてたから、これ以上チンピラはいらねえってことだったんでしょうけどね

なんというか双方車としては、やり過ぎ感ありありの車だったのだが、そのやり過ぎのベクトルがフェラーリの場合は「繊細過ぎ」で、ランボルギーニの場合は「大雑把過ぎ」という、決して交わらないものだったな



もっともフェラーリの場合は、レースっていうルーツがあったが、ランボルギーニの場合は「フェラーリ憎し」から始まったメーカーだから、とりあえず作ったら気が済んでしまうっていうアバウトさがルーツでしたからねえ


ランボルギーニ・チーターその昔、こんな車を作ってイタリア軍に納入しようと目論んだはいいが、その話が頓挫してしまったことがあるのを知ってるか?

知ってまさぁ旦那!このサイズで重量が3トン近くあって、しかもその車体を動かすエンジンがなくって、しょうがないから大馬力だからいいかって言うんでカウンタックのエンジン載せてたんでしょ?そりゃ頓挫するわ

うむ、カウンタックのエンジンを軍用車に載せるなんてキチガイじみたアバウトさ、これこそがランボルギーニのランボルギーニたる所以だったのだな


そのランボルギーニが、今や「らぐじゅありーすぽおつ」だか何だか知らねえが随分とオシャレになりやがって!しかも経営が順調だなんて俺ぁ腹が立って腹が立って…

ランボルギーニ・ムルシエラゴ
まあそういうな。アウディ組さんも色々あるみたいだし、クライスラーさんとこも今度はフィアット組の一員になるみたいだから、お前さんも頑張りな

…へい旦那…(号泣)

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