天国から王の謁見である ~フェラーリ・ディノ246GTS~

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ディノ246GTS愚民どもよ、元気かね?私はエンツォ・フェラーリである。今日は我が偉大なるフェラーリの歴史において、特異な生い立ちをもつこの246を紹介してやろうじゃないか。

この246は、私の愛してやまなかった息子の名前を冠して作られたというのは有名な話なのだが、実はこれにはちょっと誤解があってだな。夭逝した息子の名前はディノではなくアルフレッドと言って、ディノというのはニックネームだったのだよ。


つまり日本風に言えば「まさと」という名前を「まー君」と呼んでいたようなものだな。


dno_01.jpgディノは当時フェラーリにおいて小型のV6エンジンの開発を提唱していてだな、しばしば私と意見が対立したものだ。まあ、王の子として生まれたとは言え、若いころは親に逆らいたいものだがな。フェラーリと言えば12気筒。12気筒と言えばフェラーリという、私の哲学を否定したのだよ。

まあ私は懐の深い男であるから、ディノのお遊びを大目に見ていたのだが、ディノは突然重い病気を患って若くしてこの世を去ったのだ。これには偉大なる王である私も深い悲しみのどん底に落とされたものだ。

ディノ246GTS偉大なる王である私を父に持った、才気溢れる王子であるディノの墓標として私はあえて、フェラーリじゃなくディノブランドをつけてこの車を世に出したわけだ。まあ諸君ら愚民にもわかるように言えば、すかいらーくグループなんだけど店の名前はガストと名付けたようなものだ。

しかもこの車は、ディノの才気と予言を立証するかのようにアメリカで良く売れたのだ。最大のライバルはポルシェ911でな。この二台のセールス合戦を三つ巴にしたくて、ランボルギーニがウラッコだかシロッコだかという車を投入しようとして結局間に合わなかったらしいのだが、所詮は成り上がりの浅知恵というものだな。うむ。


ディノ246GTSちなみに話は少しそれるが、ランボルギーニがスポーツカーを作り始めた理由が「フェラーリにクレームを言ったら無視されたから」というのも少し誤解があってだな、あれは違うぞ?私は直接あのフルッツィオとか言う田舎者に謁見してやったんだぞ?しかも直々に
「トラクターでも作ってろこのボンクラが」
と言葉までかけてやったというのに、何だかそれが尾ひれがついてまるで私が傲慢な男のようなイメージができてしまったが、私は傲慢なのではなく偉大な王なだけだ。


実に4000台近く生産された246GTSは、やがてエンジンをランチアに供給して、そこからあのランチア・ストラトスも生まれることとなり、やがて偉大なる王である私も方向転換して、さすがにV6じゃアレだからV8にしてフェラーリ308GTBを世に出して、そこから派生して328も348も360も430も生まれて行くわけなのだが、すべてはここから始まっているのだよ。

この偉大なるディノ246GTを生み出した我が息子アルフレッド・フェラーリの命日は6月30日なので、諸君ら愚民どもも、ディノの功績を讃えその日は喪に服すがよいぞ。

ディノ246GTS

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このページは、kanazoが2009年7月 5日 00:59に書いたブログ記事です。

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